へたれお母さんの雑記帳

2015年生まれ長女・2021年生まれ次女を育てる、へたれママ医師の日記。

次女なりにいろいろやってる。

8月も終わり、9月。あっと言う間に秋。

昨日、8月のカレンダーを剥がして、「これ使う?」と次女に渡しました。
裏紙を使えるし、表も数字が書いてあって何かに使えるかもしれないと思い。

すると次女、表の日付が書いてある面を見て、「これをお手本に書こう。」と、それぞれの日付の欄に数字を書いて練習していました。ある意味期待通り(笑)


コントロール不能の次女ですが、母は諦めたわけではありません。こうやって、日常的に潜む学びの種を生かしていきたいです。諦めたらそこで試合終了じゃ。


あとは、「◯分待って」の時も。

例えば先日の休日。

次女「パパ遊ぼう」

夫「今髭剃りしてるから、あと2分待って。」

次女「えー!!2分ってどれくらい!?」

私「1分が60秒、2分は120秒。120数えたら2分になるよ。」

ということで、一緒に120まで数えました。(まだそこまで一人で数えられない)

テンポが速かったので、全然2分じゃなく、髭剃りも終わってませんでしたが。



そして、宿題はほとんどやらず教室だけ〜の公文ですが、本人なりに思いはあるのか?、「やった公文をファイルか何かに整理したい。」と言うので、一緒にダイソーに行ってファイルを買い、ファイリングをしました。

昨日はそれを眺めて、「ずんずん(運筆のプリント)のお直しをしようと思う。」と、はみ出した所などを消してきれいに書き直していました。

次女はこんなふうに、自分からお勉強っぽい事をする時があります。長女にはなかった姿です。
たぶん長女は、言われたことはやるけれど、やらされ過ぎてうんざりしてたんでしょう(笑)

こんな感じで、次女なりにいろいろ考えてやっています。

次女像、見えてきたぞう?

長女の勉強のことばっか考えていそうな私ですが、悩む事が多い分、次女の事もだいぶ考えています。

この子はどういう子なんだろう、どう向き合ったらいいのだろう…ずっと悩みっぱなしです。


次女自身の希望で3月から始めたスイミングですが、一旦辞めることにしました。

土曜日の朝10時から通っていたのですが、休日の朝にゆっくり出来ないのがだいぶストレスだったようです。

「スイミング嫌」とは言わなかったものの、朝食を食べてゆっくりテレビを見たり遊んだりしている次女を毎回急き立てるのは、こちらもだいぶストレスでした。

「休日はゆっくりしたいよね。スイミングも大変なら一旦辞めてもいいんだよ。」と話したところ、「うん」と。

まあ確かに、休日の朝は誰でもゆっくりしたいものです。

ただ、そういった時間的制約や負荷にどれくらい耐えられるかは人によって異なり、長女はある程度大丈夫だったようですが、次女はダメそうです。

たぶん、本当ーにゆっくりしたい。
家でゆったり遊んでいる時は穏やかです。

平日の幼稚園と預かり保育で、だいぶ気力を消耗しているのだろうなと思います。

なんとなくですが、次女像がだんだん見えてきました。外の世界でけっこう疲れるタイプなのかなと。だからその分、家ではゆっくり過ごす時間が必要。追い立てられたりするのがとても嫌。

言い方が良くないですが、勉強もしばらくは期待しない方がよさそうです。少なくとも長女のレベルでは無理。

小学校でも学童を利用する予定なので、低学年の間は疲れ切って家ではそこまでの勉強はできないでしょう。学年が上がって、精神的にも成長して少し余裕ができてきて、かつ学童を卒業した辺りから頑張れたらいいかな。でもそこからちゃんと追い上げられるように、土台は作っておいてあげたい。

そして次女は次女なりにやる気と自信があるので、そこは大切にしてあげたい。

本当は、預り保育や学童もなしにして、家でゆっくりさせてあげた方がよいのだろうな。

長女よりも次女の方が、働き方を考えた方がよいのだろうとは、前から感じていました。

次女の言葉とか、ちいかわの映画とか。

悩み多き次女ですが、素敵なところもたくさん持ち合わせています。

昨日、朝食の時間。

納豆ご飯を食べていて口を拭こうと思ったので、ティッシュの近くにいた次女に「次女ちゃん、ティッシュちょうだい。」と言ったところ。

次女、ふざけて手元にあった使用済みティッシュを手渡してきました。

特に汚れてないし、納豆を拭くくらいだからまあいいかと私がそれを使おうとすると、「それ、次女ちゃんの鼻水が付いてるよ。」と。

私が「まあいいよ。納豆が付いた口を拭くだけだから。」と答えると、

「うそ。次女ちゃんのあふれた涙が付いてるよ。」と。(朝食前に少しぐずって泣いていた)

5歳児の口から「あふれた涙」なんて言葉が出るとは。

なんかいたいけで、ついつい次女の頭をよしよししてしまいました。

子供の口から出てくる言葉って、大人が同じ言葉を発する時にはない可愛さや印象深さを感じます。

前に、幼稚園のお弁当に自宅で収穫されたスイカを入れた時。

私が「おうちでとれたスイカだよ!」と小さなメモを貼っておいたのですが、お迎えの時に「ママのお手紙、嬉しかったからそのままとってあるよ。」と話してくれました。

次女は、気持ちをしっかり言葉で伝えてくれることが多い気がします。

そういう素敵なところにも目を向けて、次女とできるだけ穏やかに向き合っていきたいなあ…。



そういえば、傍若無人な時の次女の喋り方が「ちいかわ」のモモンガに似ていることに最近気づきました。それを次女に話したところ、モモンガの物まねをしてくれました。けっこう似ていて面白かった。

ちいかわのモモンガ、一見わがままな乱暴者ですが、けっこう良い味を出してると思います。

長女と映画を見ていて思ったのですが、ちいかわの世界にはいろんなキャラクターがいて、それぞれいい味を出しているなということ。

モモンガは「おい…!!」という場面も多いのですが、所々でよい働きをする。マイペースで不思議キャラのうさぎも同じく。そして弱気な古本屋さんが、意外にモモンガと上手くやっている。

困り者も不思議ちゃんも、いろんなキャラが許容されて、ふわっと流れているちいかわの世界。

世の中って、いろんな人がいていいんだなと思いました。

あ〜、寛容でありたい。

AIは壁打ち相手。

研究費の申請書作り、ChatGPTは使っていないと書きましたが、結局使いました。

教授に申請書の最終チェックをお願いした時に、「チャッピーに相談した?言い回しとか、自分で考えていることの一つ上の答えをくれるよ」と言われたので。
なので、「言い回しなど改善点を教えてください。」とお願いしたところ、確かにかなり洗練された文章になりました。冗長な部分とか、自分でうまく表現しきれていなかった研究の核心的な部分とか、かなり分かりやすい内容になったと思います。たぶん、教授に相談するより良い答えをくれそう(笑)
chatGPT…やはりすごい、そしてなんか悔しい。

ついでに、「AIに論文を書いてもらう人もいますが、私はそういうことはしたくありません。文献を検索したり、構成を考えたりするのも研究者としての能力だと思います。AIに頼りすぎると自分で考える力が落ちそうなので、あまり頼りたくありません。どういう付き合い方をしたらいいでしょう。」と本人に聞いてみました(笑)すると、「意見を交わして構想を発展させる、壁打ち相手のように使ってください。」との返答が。

なるほど、ただ単に頼ったり大変なことを肩代わりしてもらうのではなく、研究仲間のように意見を交わして、ブラッシュアップさせる相手として使えばいいのか。
私は臨床の傍らで細々と研究をしていて、医局員も少なくて教授も忙しいしで、研究について気軽に話せる仲間がいないので、それは助かります。

ということで、AIとの付き合い方が見えてきました。壁打ち相手…まあ子育ての悩み相談も同じようなもんでしょうか。

一方で、チャッピーの言語化能力は悔しいくらいです。そこは私自身ももっと磨きをかけたい、鍛えたい部分。

今のところの私のチャッピーの使い方は、
①子育ての悩み相談
②研究の壁打ち相手
③子供たちの勉強についての相談

でしょうか。
塾に行っていない(行きたがらない)ので、長女の勉強については時々相談しています。

最近も、中1英語の学習について長女が「どんどん新しい情報が入ってきて覚えきれない」と苦しんでいたので、チャッピーに相談していったんbe動詞、一般動詞、三単現の復習をすることにしました。

新たに投入する教材はこちら

当初はこれで中1英語の概要をさらってから「ひとつひとつ」に入ろうかなとも考えていました。
結局長女の意見により最初から「ひとつひとつ」に取り組んだのですが、やはり「ひとつひとつ」は1回分の説明量が多く、長女は細部まで読み込めていないようでした。

なので、まずはこれでbe動詞、一般動詞、三単現を復習して混乱を解消します。その後は「基礎問題集」で概要をさらい、「ひとつひとつ」で詳しく学習、という流れで行こうと思います。
中学生の内容を小学生が一人で学習しているので、これくらいのステップは踏んだ方が良さそうです。

ちなみに、我が家の状況をよくわかっているチャッピーには、「今の家庭状況で最も避けたいことは、お母さんが教えようとすることです。お母さんは学習の道筋を示してあげる程度でよいです。」とも言われました。そうなのよー!あなた良く分かってるわねー!!と感心(笑)

でも、これだけ人心に入り込んでくるAI、たしかにマイナスの影響も常に頭に置いておかねばですね。


話は変わって。

研究費申請書の仕事が目途がつき、少し平常心を取り戻しつつあります。

先日、外勤がたまたま早く終わったので、お迎えに行く前にいったん帰宅し、久しぶりの一人時間を過ごしました。

1時間くらいだったのですが、アイスを食べながら「キングダム」を読む。

心の底から「至福の時…!!」という言葉が沸き上がってきました。いやー幸せだった。
(ちなみにキングダムは職場の人が貸してくれました。キングダムについて、「ずっと気になってるけど、たかお母さんしか知らない。」という私に貸してくれました。)

また頑張ろう。

夏休み、終わり!

子供達の夏休みは今週で終わり、来週から新学期です。東北の夏は短い。


庭の花壇で育った野菜達。
スイカは普通に美味しかったです。かぼちゃはこれから食べます。


次女と公園に行った時の、いつかの夕焼け空。


小5長女は学童も何もなしの夏休みで、当初はどうなることかと心配でしたが、意外になんとかなりました。

午前中に勉強して、あとは漫画、読書、手芸などなど。午後はお友達と遊びに出かけてもいいよと伝えていたのですが(私にメールしてから、防犯ブザー、キッズケータイ、GPSを持って)、結局たまに一人で散歩に行く意外はほぼ外出する事なく、一人で自宅で過ごしていました。ある意味親としては安心でした。

私も夏季休暇を分散してとったり、時間休をもらって早めに帰るようにしたりして、1週間ずっと、丸一日一人、という日が出来るだけ少なくなるようにしました。

大きなお出掛けは帰省くらいでしたが、長女と二人でちいかわの映画を見に行ったり、ちょっとは夏休みらしい事もできたかな。


勉強の方も、だいたい予定通り。

中1数学はあやふやなところらありながらも、文字式まで進みました。

来週からは通常モードの家庭学習なので、中1数学は一旦お休み。
でもせっかく習った事を忘れないよう、正負の計算は計算ドリルで少しずつ続けようと思います。


2学期からの勉強の中心はこちら。

これのステップ2(ステップ1は夏休み中に終了。)
でもこれはステップ1も含めてもう1周する予定です。これのステップ1。小5よりも簡単そうです。ステップ1をもう1周してからステップ2に進みます。

予定では、秋〜初冬辺りから中1数学に入れるかなと。

英語はこれを3周する予定。まだ1周目の半ば、否定文のところです。まだ理解度は6−7割程度?ですが、すぐに完璧を求めず、徐々に定着していけばよいと、焦らずやります。

あと、先日しゃべくり007で子供の英語教育について喋っていて、それを見てから「英検受けてみようかな」と言い出しました。1月の5級受験を目指して、週末に勉強しています。


次女の方は、相変わらず悩む事が多いですが、まあそれなりに楽しい時もあり、なんとかやっています。出来るだけ「成長が楽しみだな〜」という気持ちで向き合いたいです。夏休み中も、毎日預り保育頑張ってくれました。
公文の方は、お教室に行くのは毎回楽しみにしています。宿題の方はやったりやらなかったりですが、毎日夕飯の後に「何か机に向かう」事は出来ているので、焦らずです。


私の方は、科研費の申請書でだいぶ追い込まれていたのですが、何とか形になり締切に間に合いそうです(なので久しぶりにブログを書けた)。ある程度構想が固まったら、とりあえず書き始めてみると意外に進むものですね。でもこれで採択されるかは別問題で、採択されなければ何も残らない…というのが科研費の辛いところ。いちおう、一縷の望みはかけてもいいか…?くらいの出来にはなったと思う。

あとは、申請書を書く時に教授に「チャッピーに頼めば申請書書いてくれそうだけど。」とチラッと言われたのですが、チャッピーは全く使いませんでした。大学院生でもチャッピーに論文を書いてもらってる人もいますが、そこまでいくと果たして「自分は何のために、何をどうしたいのか?」という疑問にぶち当たります。院生になってAIに論文を書いてもらって、ただ博士号が欲しいだけの人もいるけど。

参考文献を探すのも、論文の構成を練るのも、研究者としては必要な能力だと思うんだけど。

頭脳労働をAIに任せてしまったら、逆に人間がAIの手足(ロボット)化しちゃわないか?なんて。
賢い人はAIを上手く使うのだろうけど、私はそこまで賢くなく加減が分からないので、子育ての愚痴相手にくらいにしか使えていません(笑)


科研費の事でだいぶ頭がいっぱいたったので、長女の勉強や次女の事にあまり頭を使う余裕がなく、でも逆にそれくらいが良いように感じます。
「うちの子だから大丈夫だろう。まあ自分達の力でやってくれ。」という気持ちになる事もあります。
子供達を育てていてつくづく、子供って親がどうこうできるものではないんだなと思います。親が出来ることって何だろう。巣立つまでの家とご飯を提供することくらいか?なんて。あとは親の背中を見て学んでくれよ〜、と。

夏も後半。

気付けば8月も半ば。夏もそろそろ終わりか〜と少し寂しさを感じます。

小5長女は結局、学童も何もない、本当〜に何もない夏休みを過ごしています。
平日は朝勉強して、あとは漫画読んだり本読んだり、手芸したり、のんびりした日々です。友達とも会わない、半分引きこもりのような(たまに陸上の習い事があるけど)生活だけど、でも本人はそれがいいようで、確かに穏やかな雰囲気で過ごしています。

夏休み中の長女の読書。

(引きこもり夏のために…と全巻買ってあげてしまった笑。やっぱり面白い!)

夏休み中ですが、ゲームは普段通り休日のみです。

勉強の方は、夏休み前に本人と決めた通り「中1数学、中1英語、小6理科、小5算数基礎再固め(標準問題集ステップ1)」を淡々と進めています。プラス夜に普段の家庭学習。


年中次女は、夏休み中も幼稚園の預り保育に通う日々です。先日5歳になりました。

次女に関しては相変わらず悩むことが多く、ブログが書けなかったのはそれで気分が落ち込んでいたのもあります。

情緒的に難しいなぁと思う事が多いです。とてもいい子で、ちゃんと出来る時は出来るし、言われたことは分かっているのだろうけど…。様子を見て、場合によっては幼稚園の先生に話を聞いたり、市の子育て相談に行ったりするのもありかなと考えています。

5月から始めた公文も、宿題でふざけてしまい一旦は辞めるか〜という話になったのですが、先生から「教室ではちゃんとできてきて、むしろ手がかからない子です。幼児さんは宿題なしで教室だけでやるという子もいますよ。」と言っていただいたので、確かに、まずは教室で「机に座って集中する練習」と割り切って通うのもありか〜と言うことで、続けています。

次女の勉強、長女とは全くタイプが違うので、アプローチの仕方を工夫せねばです。「自分でやろう」と思った時は、しっかりやります。公文の宿題も2日分やったりしてる。でも、「やらさせる」感が出てくると嫌なんでしょうね。日常生活の中にさりげなく学び要素を含ませたり、次女に合った学びの方法を見つけ出そうと思います。

最近の次女の読書。

わんぱくだんシリーズは好きらしいです。


私はというと、次女の事で悩み一時期は「仕事の事を考えられる頭じゃない…」という状況だったのですが、教授に言われて研究費の申請書を書くことになり、否が応でも頭は仕事モードになりつつあります。研究は案が形になるまではなかなか苦しいのですが、まあ考えるのは楽しくもあります。研究費が取れる可能性はだいぶ低いですが、でもこれもよい経験になると思うのでまあ頑張ろうと思います。

最近の読書。

やっと5巻に入りましたー!
それぞれの人物描写を楽しめるようになってきました。

最近は、読書の時間が自分にとってより大切なものになってきています。読書が癒しです。読めない日もあるし、読めても数分。でもその数分で、波立った気持ちを静めて心を平坦に戻す、そんな感じです。

今日は、日帰りで隣県の実家に帰省してきました。
80近いけど、相変わらずシャキシャキ元気な両親。慎ましく地に足ついた雰囲気の両親を見ると、あー私もしっかり生活しよう…という気持ちになります。

チャッピーと読書談義。

メンタル焼け野原の時に読み始めた、三島由紀夫の「金閣寺」。

読み始めた時は自分のメンタルと温度感が近かったからか、引き込まれるように読んでいたのですが、最近はその重々しさが辛く感じるようになってきました。

そして、太宰治の「晩年」が気になっていて、こちらに乗り換えようか、いや、でもせっかくだから最後まで読みたい気もする…と悩み。

ふと思い立ち、相談してみました。

ChatGPTに(笑)

「三島由紀夫の金閣寺を読んでいるのですが、だんだんその重々しさが辛くなってきました。太宰治の晩年が気になります。どうしましょう。」

という、どうしようもない相談(笑)

でもそこから、意外にチャッピーと読書談義が盛り上がりました。


チャッピー的には、

「金閣寺は、確かに傑作だけれども主人公の内面を鋭く掘り下げるので、読むのが重たいと感じる人もいるようです。」

「今の気分がそうなのだから、三島由紀夫はいったん本棚にしまっておいて、晩年を読み始めたらどうでしょう。」

「晩年を読むのであれば、太宰治は①晩年②女生徒③斜陽④人間失格、の順に読むのがおすすめです。」

とのこと。

私が「太宰治の人間失格と斜陽は読んだことがあります。太宰治は人間のどうしようもない部分を穏やかに描いているような印象で、そこが好きです。」と返したところ、

「確かに、三島由紀夫は人間の内面を鋭く極限まで追及します。一方で太宰治も人間の弱さや醜さを描きますが、それを断罪しません。「そういう弱さを抱えてい来るのも人間なんだ」というまなざしで書いているように感じます。」

「そういう作風が好きであれば、井伏鱒二もおすすめです。井伏鱒二は太宰が敬愛した作家であり、人間の弱さや滑稽さを静かに受け止めるまなざしがあります。そして、少し方向性は違いますが、司馬遼太郎もおすすめです。」

などなど。

司馬遼太郎は、今まさに「坂の上の雲」を4巻まで読み進めていて、でもちょっと飽きてきたこともあり諦めようかと思っていたのですが、チャッピーにおすすめされてまた読む気が湧いてきました(笑)

チャッピーによると、司馬遼太郎は事件を次々と起こして読ませるタイプではなく、人物の考え方や時代の流れの背景をじっくり積み重ねながら物語を進めるので、途中でペースが落ちる人が少なくないそうです。だから、「今日は晩年を少し」「今日は坂の上を少し」みたいな感じで、ゆっくり読み進めればよいのでは、と励ましてもらいました。


作家によって人間の描き方が違って、そこで好みが分かれるのですね。

確かに、三島由紀夫は金閣寺しか読んだことがないけれど、作品から受ける印象は、ナイフをグサグサグリグリ突き立てながら、「どや…俺の内面、こんなにエグいんやでえ…」と見されているような印象。

一方、太宰治の作品からは、「いや…、もうほんと困っちゃうよね…(あんま困っているようにも見えない)」という少し力の抜けた雰囲気を感じます。

あくまで読書素人の私が抱いた印象なので、詳しい人から見たら全然違うかもしれないけど。

なので、三島由紀夫は読んでいると自分の醜い部分をも追及されているような気がして、けっこう苦しくなるんだな。


とまあこんな感じで、ChatGPTと意外に楽しくお話して励まされました。井伏鱒二も読んでみよう。

本当は、こういう話も現実世界の人とできたらいいんだろうけど、なかなか身近にいないので。

だがしかし、ここにAIの恐ろしさ?も潜んでいるのだろうなと。

AIだと、リアルで人と接する時に起こるトラブルや面倒さ、不快なやりとりがないので、こっちの方が心地よい、こっちで十分じゃん、みたいになったら嫌だな。

まあそういう私も、子育ての悩みを何回かChatGPTに相談しました。だって夫に言っても暖簾に腕押し、糠に釘だし~と(笑)

いやいや、本当はここも、苦難を乗り越えてリアルで夫と話をしなければならないところなんですね。

ChatGPTはガス抜き程度に利用して、リアルの世界でしっかり奮闘しようと思います。