メンタル焼け野原の時に読み始めた、三島由紀夫の「金閣寺」。
読み始めた時は自分のメンタルと温度感が近かったからか、引き込まれるように読んでいたのですが、最近はその重々しさが辛く感じるようになってきました。
そして、太宰治の「晩年」が気になっていて、こちらに乗り換えようか、いや、でもせっかくだから最後まで読みたい気もする…と悩み。
ふと思い立ち、相談してみました。
ChatGPTに(笑)
「三島由紀夫の金閣寺を読んでいるのですが、だんだんその重々しさが辛くなってきました。太宰治の晩年が気になります。どうしましょう。」
という、どうしようもない相談(笑)
でもそこから、意外にチャッピーと読書談義が盛り上がりました。
チャッピー的には、
「金閣寺は、確かに傑作だけれども主人公の内面を鋭く掘り下げるので、読むのが重たいと感じる人もいるようです。」
「今の気分がそうなのだから、三島由紀夫はいったん本棚にしまっておいて、晩年を読み始めたらどうでしょう。」
「晩年を読むのであれば、太宰治は①晩年②女生徒③斜陽④人間失格、の順に読むのがおすすめです。」
とのこと。
私が「太宰治の人間失格と斜陽は読んだことがあります。太宰治は人間のどうしようもない部分を穏やかに描いているような印象で、そこが好きです。」と返したところ、
「確かに、三島由紀夫は人間の内面を鋭く極限まで追及します。一方で太宰治も人間の弱さや醜さを描きますが、それを断罪しません。「そういう弱さを抱えてい来るのも人間なんだ」というまなざしで書いているように感じます。」
「そういう作風が好きであれば、井伏鱒二もおすすめです。井伏鱒二は太宰が敬愛した作家であり、人間の弱さや滑稽さを静かに受け止めるまなざしがあります。そして、少し方向性は違いますが、司馬遼太郎もおすすめです。」
などなど。
司馬遼太郎は、今まさに「坂の上の雲」を4巻まで読み進めていて、でもちょっと飽きてきたこともあり諦めようかと思っていたのですが、チャッピーにおすすめされてまた読む気が湧いてきました(笑)
チャッピーによると、司馬遼太郎は事件を次々と起こして読ませるタイプではなく、人物の考え方や時代の流れの背景をじっくり積み重ねながら物語を進めるので、途中でペースが落ちる人が少なくないそうです。だから、「今日は晩年を少し」「今日は坂の上を少し」みたいな感じで、ゆっくり読み進めればよいのでは、と励ましてもらいました。
作家によって人間の描き方が違って、そこで好みが分かれるのですね。
確かに、三島由紀夫は金閣寺しか読んだことがないけれど、作品から受ける印象は、ナイフをグサグサグリグリ突き立てながら、「どや…俺の内面、こんなにエグいんやでえ…」と見されているような印象。
一方、太宰治の作品からは、「いや…、もうほんと困っちゃうよね…(あんま困っているようにも見えない)」という少し力の抜けた雰囲気を感じます。
あくまで読書素人の私が抱いた印象なので、詳しい人から見たら全然違うかもしれないけど。
なので、三島由紀夫は読んでいると自分の醜い部分をも追及されているような気がして、けっこう苦しくなるんだな。
とまあこんな感じで、ChatGPTと意外に楽しくお話して励まされました。井伏鱒二も読んでみよう。
本当は、こういう話も現実世界の人とできたらいいんだろうけど、なかなか身近にいないので。
だがしかし、ここにAIの恐ろしさ?も潜んでいるのだろうなと。
AIだと、リアルで人と接する時に起こるトラブルや面倒さ、不快なやりとりがないので、こっちの方が心地よい、こっちで十分じゃん、みたいになったら嫌だな。
まあそういう私も、子育ての悩みを何回かChatGPTに相談しました。だって夫に言っても暖簾に腕押し、糠に釘だし~と(笑)
いやいや、本当はここも、苦難を乗り越えてリアルで夫と話をしなければならないところなんですね。
ChatGPTはガス抜き程度に利用して、リアルの世界でしっかり奮闘しようと思います。